石巻を出た私は牡鹿半島へ。そう言えば、小さい頃は牡鹿半島と男鹿半島がごっちゃになっていましたが、そんな話はどうでも良くて…

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牡鹿半島先端にある展望スポットが御番所公園なんだが、このように無常のタイガーロープが。展望台の建物が危険ということなのかね。

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その先の駐車スペースから何とか金華山の全景を見ることができました。ここって、「金華山」自体が島の名前という扱いのようなので、別途「○○島」という名称はありません。

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東日本大震災の震源は牡鹿半島沖130km付近と言われています。結果、地震の影響で牡鹿半島は東に5.3m移動し、1.2m沈下したことがGPSによって確認されています。特に尾根筋の道路では路面にこのような亀裂が入るのも無理のないところか。どのラインを走るか、考えながらのドライブとなります。

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そんなわけで、尾根筋を走るドライブウェイのコバルトラインは半分以上の区間で通行止。前々から一度は走ってみたいと思っていた道路だったので非常に残念。もっとも、元々有料道路だったのが1996年に無料化されて以降、道路整備が疎かになっているという話もあるので、復旧はだいぶ先のことになりそうです。コバルトラインが宮城県道220号という一般県道なのに対し、半島の西岸を走る県道は宮城県道2号という主要地方道。宮城r2が半島の先端まで通じている以上、観光路線の宮城r220が後回しになるのは仕方がない。

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コバルトラインが走れないので、牡鹿半島東岸を走る宮城r41へ。未舗装であるのに加えて、随分大回りしているようですが…

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それもそのはず。元々のルートは御覧の有様。グランドレベルに下りてくると震災の爪痕が残酷なまでに残っています。

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コバルトラインを走れなかったおかげでと言うべきか、女川原発にやってきた。震災発生時、女川が完璧に冷温停止まで移行できたのに対し、福島第一があのようなことになったので、東電に対する風当たりが余計に悪くなった感は否めないですね。まあ、東電は糞、東北電は神とかそんな単純なものではないし(女川も一部浸水したが外部電源が生きていた)、福島第一の場合は東電と政府の合わせ技で深みに嵌ったと言った方がいいでしょう。あ、東電を擁護する気はさらさらありませんよ。

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原発に併設されている女川原子力PRセンターに寄ってみた。見物客は私1人、受付のおねいさんが退屈そうにしていたので話相手になってあげようかと思ったが、あんまりゆっくりしている暇もないので、記念品のボールペンをもらって粛々と見学。原子炉の模型とか結構金掛かってんなぁ。

牡鹿半島の付け根に位置する女川町の中心部(と言っても何もなくなってる)に辿り着くと、ここからはR398で北へ。しかし、その先でミスコースをしてしまいました。この地図でR398を北上してくると、「雄勝中」のところで丁字路がありますが、これを右折してしまったんですね。

一人旅ではしょっちゅう地図を見ることもできないので、「北上川を渡ったら右折して川沿いに下る」というイメージを脳内カーナビにインプットして、あとは感覚で運転していたのですが、雄勝湾の入江を北上川と勘違いしてしまったと。しばらく走ってから「本当にこれ北上川か?」と思ったのと、雄勝という地名に違和感を抱いて地図を見直したこともあり、1.5km程度の被害で済んだのですが、そのままポケーっと走り続けていたら涙目になるところだった(笑)。丁字路手前に青看はなかったのかって?なかったんですね。私も何て不親切なんだと思ったのですが、そこではたと気付きました。青看も流されているのか!その事実に愕然とし、アンチカーナビ派の私も今回の旅に至ってはカーナビの助けが欲しいと思いました。

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これが正しい北上川。北上川を約50kmも遡ったという大津波、写真の辺りは河口から5km程度の地点ですから、ひとたまりもなく大きな被害を受けました。堤防道路みたいな形にはなっているけど、水面と路面の高さがそんなに変わらないもんな。ガードレールが破壊されていることもあり、50km/h程度のスピードで走るのでさえちょっと怖さを感じましたね。

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南三陸町へ。シムシティで街を開発していくとき、道路引いて、電気引いてという作業から始まるけど、今の南三陸はまさにその最低限のインフラを引いたに過ぎない段階。ゲームならセーブポイントまで時を戻すことも可能だけど、現実世界ではそうはいかない。「うわぁ…」という声が無意識のうちで出てしまったけど、目を背ける訳にはいかない。

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宮城県の北端は気仙沼。気仙沼駅はやや内陸に入ったところにあるので、大きな被害はなかったようです。

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内陸を走る大船渡線の一ノ関~気仙沼間こそ運行されているものの、海沿いを走る大船渡線の気仙沼~盛(大船渡市)、気仙沼線の気仙沼~柳津(登米市)は未だに不通。不通どころか、多くの橋桁などはボロボロになっていて、「これ復旧できるのか?」という感じ。それを思うと、道路の方は仮設橋等で凌ぎつつ、都市間を短期間のうちに繋いてみせたのだから感服の一言。公共事業というと、あまりいい意味では使われない単語ですが、日本の土木技術は世界に誇れるものだと思います。

不通区間はJRとしては、BRT(Bus Rapid Transit)で仮復旧させる意向とのこと。BRTとは専用道にバスを走らせる方式で、私が思い浮かべるのは名古屋大曽根から出ているガイドウェイバスなんですが、こちらJRの計画は破壊された鉄橋部分は回避してそこだけ一般道を走ることを視野に入れているらしい。不採算路線なんだから、投資は最小限にといったところか。

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大船渡線と言えば、我田引鉄の代表例として挙げられる路線ですね。R284がほぼ最短距離で気仙沼と一関を結んでいるのに対し、大船渡線は一度大きく北上した後、また南に戻ってくるというルーティング。今ではその珍妙な線形を龍に見立てて「ドラゴンレール大船渡線」という愛称を付けてしまったが、開き直り以外の何物でもない(笑)。

次の日は岩手県内に入っていきます。
一夜明けて、ここから本格的に被災地に入っていきます。

その前にまずは宮城県内の自治体の位置関係を見ておきましょう。

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特に震災以降はニュース等で聞いたことのある地名ばかりだと思いますが、これらの地域を仙台から海岸線に沿って訪れていくことにします。

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堤防ではありません。津波が襲来したときに防潮堤の役割を果たした仙台東部道路の盛土(もりど)構造。実際、仙台東部道路のおかげで浸水を免れた地域は少なくありません。都市部の高速道路ともなれば、物理的に一般道の上に高架で敷設するしかないケースが多いとはいえ、盛土構造が見直されるきっかけになったかもしれません。今後の津波対策としては数少ない光明と言えるのではないでしょうか。

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2008年夏、名古屋からフェリーで苫小牧に向かいましたが、途中で寄港したのが仙台港。3時間ほど寄港時間があったので、フェリーターミナル周辺を歩いたことを思い出します。多賀城駅付近まで行って仙石線の写真なんかも撮っていたもんだ。

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津波高さを示す看板なんて無くても、壁に残る跡が壮絶さを物語る。フェリーターミナルが復旧したのは震災から3ヶ月後だったそうです。

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仙台と塩竈を結ぶ主要路線、通称産業道路に架かる歩道橋の上から塩竈方面を望む。津波浸水した地域の割には何事もなかったかのように見えますが…

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こちらは4年前の写真。比較してみると、街路樹の数や歩道の舗装状態に違いが見られます。ケーズデンキの撤退は震災とは関係ないと思うが。

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歩道橋を降りてみると、柵がグニャリ。この他にも柵やポールの類がとにかく曲がりまくっていました。

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塩竈を抜け、松島湾の島々を眺めつつ、石巻へ。石巻は平野部が比較的広く、その分、津波の影響も大きかったわけですが、市街地で唯一の高台が日和山。鎌倉時代には石巻城があったとされるこの高台は現在日和山公園として解放されており、桜の名所となっています。今では桜吹雪舞う日和山ですが、3.11当日は小雪が静かに舞っていました。では、石巻の街並みを見下ろしてみます。

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石巻には旧北上川の河口があります。中州に広い土地が余ってるって?いやいやとんでもない!元々ここには多くの建物があったのです

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こちらは海側。方角的には南向きということになります。木々に遮られて見えづらいかもしれませんが、寄ってみると現実が見えてきます。

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積み上げられた廃車と瓦礫の山。その手前には住宅があった跡が。この地域は元々住宅街でした。ここまではっきりと建物が剥ぎ取られてしまうのか。例えは悪いが、墓石が立つ前の墓地の区画に見えてしまいます。

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その場所に降りてみる。絶句。ポツンと残っている鉄筋住宅もあるにはあるけど、1階部分はボロボロになっていて修復は難しいと思われます。

仙台から石巻に至るまでの道中は見た目そんなに酷い光景は見られなかったのですが、ここにきて厳しい現実を見せ付けられました。この後は牡鹿半島に向かいます。
それでは順を追って振り返っていきましょう。
実は渋滞に全く捕まらなかったこともあり、予定より早く進んだので、宇都宮で東北道を離脱して日光から霧降高原を抜けたのですが、栃木は今回の趣旨とは異なるので(笑)、こちらは機会があれば後日触れることにします。

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毎回色んなルートで福島入りするのですが、今回は栃木県那須町から福島県西郷(にしごう)村へ入ってみました。西郷特別でお馴染み。

中通りには一本桜の名所が数多くあります。最も有名なのは三春の滝桜でしょうが、それ以外にも名木揃い。滝桜は人が多いだろうからパスしましたが、北へと移動しつつ、いくつか覗いていきます。

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永泉寺の桜。R349沿いにあるので行きやすい。こちらのベニシダレザクラは滝桜の姉妹樹だそうで樹齢400年。すぐ側の国道を車がビュンビュン走り抜けていく割に落ち着いた佇まいで、ガヤガヤしてなくていいですね。

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一回り小さい桜がもう1本ありますが、こちらは葉が目立ち始めていました。

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更にR349を北上したところで見つけたのが小沢の桜。無罪ということで(何が?)晴れやかに咲き誇っているように見えます。こちらは立派な機材をお持ちの方々が数人。私は存じ上げなかったのですが、知る人ぞ知る撮影スポットなんですね。バックにそびえるのは移ヶ岳。

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引き続きR349を進むと、今度は合戦場のしだれ桜。滝桜の孫桜だそうです。こちらも素敵な1本ものですな。

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桜と菜の花のコラボって最強だと思うの。これで青空が嵌れば完璧だったんだけど…、これなら空を入れない方が良かったかな。夜にはライトアップされるそうなんだけど、その時間まで待っていたらホテルに着くのが何時になるかわからないので、泣く泣く後にしたのでした。

東北はこの時期、内陸部や高台に行くと桜が見られるので、GWどこ行こうかと迷っている方には東北行きを推奨します。今年はもう遅いけどw

福島県から下道を走り続け、仙台のホテルに到着したのは結局20時前でした。とりあえず食事だ。

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って、そこかい! いや、ホテルの隣にあったので(笑)。東の王将では天津飯の餡に選択肢があるということを今年初めて知ったのですが、メニューを見ると確かに甘酢、塩ダレ、関西風の3種類が。私が今まで食べていたのは関西風だったのか。ということで、この日は塩ダレデビューを果たしたのでした。
2012.05.04 例の道路
とりあえず無事に帰ってきております。おいおい振り返っていきますが、まずはプロローグがてら、新東名について軽く触れておきましょう。

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いつも東北方面に行くときは東京を避けるので東名は使わないのですが、今回は新東名を走るためだけに東京を経由するルートを選択したのでした。「行き」だけね。

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まだ朝の6時過ぎなのに、なんで混雑してんのよ。

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入ってみて理解した。枠自体が決して大きくないんですよね。まあ、今は開通特需で混雑しているけど、落ち着けば東名と交通量が分散する「はず」なんだから、バカでかいSAを造る必要はないのかもしれない。私なんかはまた現東京都副知事に仕分けされたのかと穿った見方をしてしまいますが(笑)。新名神で見られた「猪瀬ポール」を新東名のトンネルでも見つけて、「おのれ猪瀬!」という思いが再燃。

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だからまだ7時半だってば。それに比べて、東名に復帰してから入った足柄SAの安定感は抜群でした。

走った感想はMTさんと同様なので、別の観点からの感想を述べると、「標識のフォントが公団ゴシックじゃないと、さっぱりしててつまんないな」というのがあります。

公団ゴシックとは何ぞやと思われるかもしれませんが、実物を見たら「ああ、確かにこんなフォントだったな」と思うことでしょう。高速度で走るドライバーが遠くからでも視認できるように、時には大胆な省略をしているのが大きな特徴です。代表的なのが、三鷹や愛鷹の「鷹」とか豊田や豊中の「豊」とか。
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ああ、「州」も独特だったね。

青看の丸ゴシック、緑看の角ゴシック。高速道路に乗ってこのフォントを見ると一種の高揚感があったものですが、2010年12月に公団ゴシックの使用廃止が発表されて、その後の新規路線や既存路線でも付け替えの際には市販の角ゴシックが使われるようになりました。フォントの作者が他界されたのが理由らしい。新しい字が出てくる度に新規で作っていたのだから仕方のないところとはいえ、ある意味文化であっただけに寂しいものです。後継者育てておけよな。この公団ゴシックをPC上で再現して公開している方がいるのですが、まだまだ多くの文字がカバーされないまま打ち止めとなってしまうのですね(作者様、「鈴」の字を早くカバーして下さいませ)。

次回以降は本編に入ります。
土砂降りの中、1日かけて仙台まで南下してきました。

ここまで渋滞とは無縁でしたが、東北道の泉~仙台宮城が大雨で通行止になったもんだから、泉で流出した車でR4が渋滞。一関からずっとR4を走ってきた下道ラーにとってはいい迷惑です(笑)。

明日は鈴鹿までひたすら移動するのみ。事故のないように気を引き締めて。あの藤岡JCTも通る予定ですが…